001:始
(台本にないこの恋の始まりを序曲のあいだに想像しよう) 002:晴
スリッパが晴天、雨天をそれぞれに告げて僕らのベッドのそばに オクタヴィアン
003:屋根
屋根のない場所へあなたを連れ出して誰より好きだと公言したい オクタヴィアン
004:限
生きている限り愛するなどというささやき 若いわかい恋人 マリー・テレーズ
005:しあわせ
永遠を信じたふりで恋人の腕に抱かれるふふふしあわせ マリー・テレーズ
006:使
パリジャンが好んで使う言い回しまねて達観してしまえたら マリー・テレーズ
007:スプーン
対になる銀のスプーン会えぬ日の慰めのため分け合いましょう マリー・テレーズ
008:種
さっきまで紅茶の種類を笑みながら教えてくれていたのに、急に オクタヴィアン
009:週末
週末はあなたを思って過ごすこと約束してもどこかすげない オクタヴィアン
010:握
キスをして別れたいのか握手して別れたいのか今朝のあなたは オクタヴィアン
011:すきま
愛してる愛しているとウエハースですきまを埋める心もとなさ マリー・テレーズ
012:赤
赤裸々の「らら」のあたりに人生のいうにいわれぬ愉しみがある 男爵オックス
013:スポーツ
初めてのスポーツよりもぎこちない華奢なヒールの(僕の)足つき マリアンデル
014:温
せつなくて 温水プールに放たれた人魚のように胸苦しくて ゾフィー
015:一緒
さようなら心のままに泣けた日々ナイフと日記を一緒にしまう ゾフィー
016:吹
ストローの袋を吹き飛ばすクセも明日にはもう直さなくては ゾフィー
017:玉ねぎ
ひたひたとやるせなくなる玉ねぎの芽ぐむ匂いは若さのにおい マリー・テレーズ
018:酸
炭酸の気泡が消えておだやかなグラスのような週末が過ぐ マリー・テレーズ
019:男
男声と女声のあいだで口ずさむ(僕の)わたしの今日の鼻歌 マリアンデル
020:メトロ
写真やらパリのメトロの切符やらひそませコクトー詩集は静か マリー・テレーズ
021:競
はつなつに白い手袋はめて行くロンシャン競馬場の華やぎ マリー・テレーズ
022:記号
果樹園の記号をそっと書き入れる恋人と会う約束の日に マリー・テレーズ
023:誰
幸せはごくささやかであっていい誰ともちがう私でいたい ゾフィー
024:バランス
バランスを考えながら束ねゆくスイートピーのゆたかな重み ゾフィー
025:化
薔薇の香がほのかに漂う化粧水だいじな人にあすこそ逢える ゾフィー
026:地図
この街の美人地図なら我輩に何はさておき任せてほしい 男爵オックス
027:給
厳かに秘密のありかを暴き出す手つきで給仕が拾うスプーン オクタヴィアン
028:カーテン
不意打ちのまぶしさ君の両腕がカーテンをあけ世界を開く オクタヴィアン
029:国
いれたての紅茶の色をひきたてる中国製のカップの白さ ゾフィー
030:いたずら
ひとしきり話してお茶を注ぐときにいたずらっぽい笑顔と出会う ゾフィー
031:雪
エンゲージリングを捨ててこの指に飾ってみたい雪の結晶 ゾフィー
032:ニュース
何という破廉恥な恋!ニュースにはならないまでも噂になるぞ 男爵オックス
033:太陽
太陽を味方につけているつもり?あの高飛車なものの言い方 マリアンデル
034:配
いつどこで使えばいいかわからないハートのAが配られてくる ゾフィー
035:昭和
歳の差はあきらか私の人生の大事はおおかた昭和にあった マリー・テレーズ
036:湯
十代はすでに遠くてバスタブの湯を抜くときのするどい悲鳴 マリー・テレーズ
037:片思い
かけがえのない懐かしい日のあかし片思いから始まる恋は マリー・テレーズ
038:穴
ドーナツの穴によく似たわたし(僕)存在するのに存在しない マリアンデル
039:理想
華奢な肩ほそい指でも女性なら理想的だとはじめて気づく マリアンデル
040:ボタン
洋服のボタンの位置の違いほど性差は単純ではないけれど マリアンデル
041:障
小娘に高価なワインをおごるのは癪に障るが元は取れるな 男爵オックス
042:海
この海を越えてゆけるか鳥かごの鳥でしかないこころを放つ ゾフィー
043:ためいき
春先のあわゆきに似たためいきを恋した誰かが密やかにつく ゾフィー
044:寺
尼寺へ行くなら裸足でたいせつな名前ひとつを胸にひそめて ゾフィー
045:トマト
まだ青いトマト(彼女)とあとはもう崩れるだけの熟したトマト マリー・テレーズ
046:階段
オペラ座の階段おりてゆくときのささやくような衣擦れの音 マリー・テレーズ
047:没
若くして没した詩人の享年をいくつ過ぎたか数えてはだめ マリー・テレーズ
048:毛糸
毛糸玉ころがるようにシャボン玉あふれるように彼女は笑う オクタヴィアン
049:約
約束を交わせたらいい「春」というボッティチェッリの絵画の前で オクタヴィアン
050:仮面
ヴェローナの仮面舞踏会(マスカレード)で知り合った二人とはまた異なる試練 オクタヴィアン
051:宙
宙返りしたくなるほど浮かれても財布の紐まで緩めるものか 男爵オックス
052:あこがれ
結婚にあこがれるのは世故長けぬ若者たちのおろかな習い 男爵オックス
053:爪
策略はめぐらせてある念入りに十指の爪をといで出かける マリアンデル
054:電車
電車からいつも小さく見えている教会あすこそ行ってみたくて ゾフィー
055:労
苦労して仕上げた刺繍のひとすみに鋏を入れて名をほどきゆく ゾフィー
056:タオル
手に取ればタオルに戻る白バラがホテルの部屋の鏡の前に マリアンデル
057:空気
おばかさん浮き輪の空気が抜け始め今に慌てるとも知らないで マリアンデル
058:鐘
うたごえがささやきになる音量で「シチリア島の晩鐘」を聴く マリー・テレーズ
059:ひらがな
本当に言いたいことは言えぬこと棘もつ言葉をひらがなにする マリー・テレーズ
060:キス
キスリングその絵に封じ込められた永久に無口な少女の憂い マリー・テレーズ
061:論
気前よく奢ってそれで終わるなど論外サンタでもあるまいに 男爵オックス
062:乾杯
レポレロのひそみに倣うカタログに間もなく加わる名に乾杯を! 男爵オックス
063:浜
砂浜と海のさかいで揺れている人魚の髪からほどけたレース ゾフィー
064:ピアノ
ベッドでは淋しい夢しか見ないから枕を抱いてピアノの下へ ゾフィー
065:大阪
父が語るむかし大阪球場で拾ったボールにまつわる思い出 ゾフィー
066:切
突然の災難?いいや陰謀だ!思わぬ事態に動悸、息切れ 男爵オックス
067:夕立
夕立に襲われたうえ竜巻に追いかけられて、何がなんやら 男爵オックス
068:杉
滑稽な顛末2ちゃんに書き込めば「人多杉」のスレになりそう マリアンデル
069:卒業
結婚ののちに出会った恋からはきれいに卒業するしかなくて マリー・テレーズ
070:神
うちとけた女同士のおしゃべりの相手に不向きな自由の女神 マリー・テレーズ
071:鉄
地下鉄の路線図のごと入り組んで色あざやかな人間模様 マリー・テレーズ
072:リモコン
リモコンと携帯電話と電卓の数字の並びはそれぞれちがう オクタヴィアン
073:像
別れなど想像できずにいたころの花束、ワイン、千回のキス オクタヴィアン
074:英語
たったいま終わったばかりの関係を表す時制が英語にはある オクタヴィアン
075:鳥
風の名の事典があれば窓ぎわに鳥の事典とならべて置こう ゾフィー
076:まぶた
幸せが遠くで待っている予感ひかりのキスをまぶたに受ける ゾフィー
077:写真
なつかしい家族写真に母がさす白い日傘を今日はわたしが ゾフィー
078:経
悲しみを経てきた分だけ強くなるなんてまやかし海は果てない マリー・テレーズ
079:塔
青空は取り囲めない鉄塔がどこまで手と手をつなぎ合っても マリー・テレーズ
080:富士
孤独だと気やすく口にすることの愚かさ富士は万年ひとり マリー・テレーズ
081:露
南国のホテルの露台で見た月のように移ろいやすい心は マリー・テレーズ
082:サイレン
気の毒な男爵のためサイレンを鳴らしてひたすら走る一台 オクタヴィアン
083:筒
封筒の裏に書かれたイニシャルを見るまでもなく香りでわかる オクタヴィアン
084:退屈
へたくそな嘘のつき方あの人は退屈しのぎに恋などしない オクタヴィアン
085:きざし
出会いとは別れのきざし別れとは出会いの萌芽 水めぐりゆく オクタヴィアン
086:石
最初から磁石は北を指していたはずなのに回り道をしていた ゾフィー
087:テープ
傷テープ巻いた小指で誓い合う愛 もう何があっても平気 ゾフィー
088:暗
あまやかにくちずさみゆく暗記したあなたの長い洗礼名を ゾフィー
089:こころ
こころよく頷くことがせめてもの誇り ひたひた淋しさがくる マリー・テレーズ
090:質問
人生は質問ばかり答えても答えてもまた問いかけられる マリー・テレーズ
091:命
スプーンをひとつなくしただけのこと運命などというは大げさ マリー・テレーズ
092:ホテル
幸福なカップル不幸なカップルはどのホテルでもつねに同数 オクタヴィアン
093:祝
裏声になるでも皮肉を滲ませるでもない祝福だからせつない オクタヴィアン
094:社会
社会的地位というよりあの人の背筋を伸ばして生きる品格 オクタヴィアン
095:裏
裏向きのカードの中の一枚に彼女によく似た女王がひそむ ゾフィー
096:模様
降りそうな空模様でも構わない濡れる覚悟で駆け出せばいい ゾフィー
097:話
まだ話し足りないけれど打ち解けて話す機会はもうないだろう オクタヴィアン
098:ベッド
少しずつこの結論に慣れてゆく明日にはベッドカバーを替えて マリー・テレーズ
099:茶
三重唱の余韻を静めるために飲む紅茶なら濃いアールグレイを マリー・テレーズ
100:終
オペラでは彼女が落としたハンカチを小姓が拾いに戻り、終演 オクタヴィアン
▲ by kiyomiigarashi | 2007-10-05 00:06 | 100首全体